​物事を突き詰める

 うちの塾は、自分でもとても特異な塾だと思います。大体、昼間の間、一生懸命農作業をしながら、夜は高校生に高度な数学を教える塾なんて世間に余りないと思います。「なんで塾の先生が農業をやってるの」と首を傾げる人も多いと思いますが、「人が生きる原点は食にある」と当たり前の結論に至り、それに真面目に向き合おうとしたら、自分で作物を作る以外の選択肢がなかっただけの話です。

 こういう物事の原点を問う姿勢は、勉強についても全く同じで、一旦「どうしてだろうか」と考え始めると止められなくなり、それこそ「正しいとは何か」(※これは集合の包含関係を使って説明出来ます。)とか、どうしてベクトルや複素数で空間を記述できたり、積分を使って面積や体積を求めることが出来るのかと、どんどん突き詰めて深掘りしてしまうのです。

 

 私のこの「癖」は学生時代からずっとそうで、高校時代は某進学校に通っていましたが、数学では「○○という参考書にはこう書いてある」とか、「こうすれば答えが出る」みたいな、解法の列挙に過ぎないような先生の教え方に全く納得がいかず(答えを出すことより、なぜそう解くのかが大切なのです。数学は勿論のこと、どんな教科にもその根底に土台となる哲学があります。教師の仕事は、それを子供達に易しく伝えることなのだと思います。)、ある時を境に先生の授業を聞くのを止め、それからは、ただひたすら教科書にある定理を証明したり、公式の導出過程を再現したりして、数学の考え方を突き詰めて行きました。(高1の時に、一度、職員室に呼び出され「なぜ授業を聞かないんだ」と問われ、生意気盛りの私は「聞いても無駄だと思うからです」と答えてしまったエピソードがあります。)

 

 英語についても、私が習った先生は使い古したノートを見ながら細かい知識を羅列するだけで、体系的な説明もなく、全く何の感動も覚えませんでした。心の中は「そんなことは参考書に書いてあるじゃないか。自分の言葉で説明してみろよ」と、憤りと不満で一杯でした。ですから、学校を頼らず自分で文法書を繰り返し読み込み、アルバイトをして買った研究社の「新英和大辞典」というどでかい辞書で色々な単語の語源を調べ、これまたアルバイトをして買った短波ラジオで在日米軍向けの放送Far East Network「極東放送」を聞くなどしながら、英語の神髄が分かるまで徹底的に勉強しました。そういうストイックな勉強漬けの日々を送りつつ、「いつかはアメリカやイギリスに渡ってやるぞ」と野心を燃えたぎらしていたのです。(これは大学時代に実現し、難しい選抜試験を突破して海外派遣学生に選ばれ、奨学金をもらってアメリカに渡る機会を得、ハーバード大学やMITなどの東部のトップ大学やワシントンのNASA本部に招待されました。今は、語学留学なども、お金を出せば誰でも出来ますが、当時は簡単なことではなかったのです。)

 私が高校生の頃は「不登校」という言葉もなく、仕方なしに卒業まで通いましたが、もし、今のように不登校でも良しという時代ならば、なんら感動のない教育しか提供出来ない高校なんて、とっくに辞めていただろうと思います。「蛙の子は蛙」と言いますが、娘は高校に行かずに大学に進んで金融工学を専攻し、今は資金調達の専門家として仕事をし(今年、多気町にオープンする「ヴィソン」の資金調達は彼女が担当しました。)、息子は大学卒業後、世間の流れに逆行して農業を志し、自力でトラクターや重機の整備や修理を学びながら、経済的に成り立つ農業を目指して日々悪戦苦闘をしています。

 こんな変わり者が経営する塾ですが、これまで私の元に通ってくれた卒業生の活躍の舞台も実に多岐に渡ります。大学教授、小・中・高の先生、創薬の研究者、防衛産業で軍事ヘリコプターの研究や改造をしている卒業生、警視庁の情報システムの管理者、自衛隊のロジスティック専門家、医師、歯科医、機械学習の専門家、自動運転の専門家等々、数え上げれば切りがないくらいです。

 小規模な個人塾ゆえ生徒の数は少ないながらも、私の塾には色んな地域から色んな子供達がやって来ます。市内に限らず、伊勢や津から通う子もいますし、過去には大紀町や飯高町の奥から通った子もいます。入塾時から「私は医師になるために青木塾に来ました」と宣言してやってくる子もいれば、学校の勉強に落ちこぼれ、何とかしたいと救いを求めて来る子もいます。中には不登校の子もいます。(私共の塾に最も遠方からやって来た子は、屋久島から高田6年制に編入し、丸3年間私共で学んだ後、国立大学医学部に現役合格を果たしました。その弟さんは海陽学園の生徒でしたが、高校の夏休みに数学の面倒を見させてもらったことがあり、彼も国立大学医学部に現役合格を果たしました。)

 今年の卒業生の数は決して多くはありませんが、その中の一部(いや本当は「大半」です)をご紹介します。いずれのケースも大学受験の現実をご存じの方なら、信じられないような例ばかりです。常識的に言って、進学校で学年下位の子がトップになるなど、あり得ないのです。そんなことが何件も起きるなど、これはもう奇跡と言っても良いくらいです。

 

 彼らは私の自慢の生徒達です。是非、じっくり動画をご覧戴いて、青木塾の真価をお確かめ下さい。

 

 2021年春  青木敏朗