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  • 青木敏朗

なぜ、人類は惑星間種族にならなければならないのか

最終更新: 2019年10月10日




 Facebookで友人としてつながっているジョーダン・ベイツ氏というアメリカ人がいます。以前、彼がHigh Existenceというサイトで発表した「なぜ、人類は惑星間種族にならなければならないのか」という論文が余りにも素晴らしかったので、彼にお願いしてFacebook上でその翻訳を披露させて戴きました。この論文は、高校生や大学生などの若い世代にこそ読んで貰いたいので、今回、このBlog上に転載させてもらうことにしました。少し長いのですが、皆さん、是非、お読み下さい。


なぜ、人類は惑星間種族にならねばならないのか

100万人の人間が、地球から約2億2500万キロメートル離れた赤い惑星である火星にハイテク文明を構築し、生活している宇宙を想像してみてください。イーロン・マスクの夢が実現すれば、今私たちが住んでいる宇宙は、今後100年以内にそのような世界になるかも知れません。


 2040年には、火星上にある都市型の植民地に数千人、あるいは数万人の人々が住んでいることをイーロン・マスクは願っているのです。マスクは、そこから100万人を超える規模にまで植民地を拡大し続けたいと考えており、その時点で、地球に存在するような産業基盤全体を構築するのに十分な数の人々が火星に存在することとなり、それによって持続可能な文明が出来ることになると信じているのです。


 「一体、なぜイーロン・マスクはそんなことを望むのか」と皆さんは疑問に思うかも知れません。それに対する答えには複雑かつ多面的な意味がありますが、簡単に述べると、私たち人類とその進化の長期的な継続を確実にするためだと言えます。

 このエッセーで、マスクや他の多くの思想家たちが人類が複数の惑星に展開する種族にならなければならないと考えている理由について、詳細に説明しようと思います。しかし、まずこの議論に潜在的に大きく関わっていると思われる事柄、すなわち宇宙全体から見た生命の意味を考えるために、少し回り道をする必要があります。


 宇宙全体から見た生命の意義  最近、私は数名の優れた人々が人工知能、ウェブ・マーケティング、結婚後の税金などの幅広いテーマについて短い講義をするという4分間の「マイクロトーク」シリーズに参加しました。これらの講演のうちの1つは、「宇宙全体から見た生命の意味」であり、私にとって特に興味深く野心的なテーマでした。講演者は、議論が一貫したものになるためには、宇宙はますます高度な複雑さを「好む」、つまり宇宙において複雑さは望ましいものであるという前提を受け入れなければならないと認めて、講演を始めました。


 すぐに私は、これは異論を巻き起こしかねない考え方だと思いました。講演者は宇宙全体から見た生命の意味についての話をしていると主張していましたが、これはあれよりも好ましいとか、これは良いものだが、あれは悪いものだというように、宇宙全体に対して人間の資質を投影することを私たちに求めているように思われたからです。私の見解では、彼は宇宙そのものを擬人化しています。つまり、宇宙を人間であるかのように話しをしていたのです。宇宙はおそらく、複雑さが増すことなど意に介してはいないでしょう。「良い」も「悪い」は、おそらく宇宙には存在しないでしょう。ただ全てがそこにあるだけなのです。私たちが「宇宙」と呼ぶ太古からのプロセスに、何らかの好みや価値がある証拠は全くありません。

 カール・セーガンは、「人類は宇宙が自らを知る手段の1つである」と述べました。この言葉には、人類が創造のプロセスの不可分な一部であり、同時に私たち自身や私たちの周りのより大きな世界と宇宙について観察し、その臭いを確かめ、味わい、触れ、耳を澄まし、そして思考する複雑な感覚装置であるという意味において、真実を含んでいると私は思います。事実、私たちそのものが宇宙であり、私たちの感覚や知性、経験はまた、宇宙の感覚や知性であり、経験であるのです。これは現時点における科学的証拠に基づいた賢明かつ詩的な物の見方であるように思われます。


 私たち自身が宇宙であり、私たちには価値観や好みを持っているがゆえに、私たちの価値観や好みは、ある意味で宇宙の価値観や好みであるというふうに、この議論を更に敷衍させることさえできます。この幾分限定された意味において、少なくとも宇宙そのものが私たちが更に進化して宇宙へと広がることに意味があると考えていおり、それが私たちが大切にしていることだと思っているであろうと述べることさえ可能です。


 しかしながら、これがこの講演者が言いたかったことではありません。彼は、創造の布地に埋め込まれたますます複雑化する本質的な「欲求」である、より根本的なものを示唆していたのです。テレンス・マッケンナの斬新な理論を連想させる魅力的な理論ですが、現時点で、これが正しいと示唆する証拠は全くありません。


 21世紀の人類:強力かつ不安定なその立場  この講演者の根源的な主張に関する私の懐疑的な意見にもかかわらず、彼が話していた時間は刺激的かつ大切なものでした。本質的に、人類は、現在、非常に強力で不安定な立場にあると、彼は主張しました。我々は35億年前に地球上で始まった進化の枝の最前線にいます。途方もない時を経て、生命は多様化し、複雑化し、何兆もの独特な種が生じたのです。それらは宇宙が斬新な方法によって自ら経験するユニークな装置であると同様、生命の独自の表現と複雑さであると言えます。


 宇宙が複雑さを「好む」と仮定すると、地球は紛れもないダイヤモンド鉱山となっています。現時点で私たちが知り得る限り、地球は宇宙で最も洗練された生命体を生み出しました。私たちの現在の科学的な証拠は、私たち自身よりも有望な進化の枝がないことを示唆しています。もし、このまま存続が許されれば、私たち地上に繁茂した生命の枝は、人類とその後にやって来る優れた後継者とテクノロジーの考えられないほど複雑な表現である多種多様な未知の驚異をほぼ確実に生み出すでしょう。私たちの進化は、それが続くならば、現在知ることのできない超知性を備えた人類の銀河間文明をもたらすかもしれません。


 更に、彼の論考は次のように続きます。それがどんな形を取るにせよ、我々の進化が続いて枝に花が開き、複雑になることが(宇宙にとって)価値があると我々が考えるならば、この枝を時期尚早に切断しないように気をつける必要がある。


 講演者は、我々が地球上の全ての命を滅ぼす力を持っているがゆえに、現在の歴史的な瞬間は、展開中の宇宙の物語において決定的な時期であると主張しました。


 私たちは地球の破滅を起こし得る数千の核弾頭を所有しているだけでなく、限られた資源しかない極めて脆弱な地球の生態系を気ままに取り扱っています。それに加え、私たちはこの単一の惑星に閉じ込められているので、小惑星の衝突や予期しない他の大惨事によって、全ての人類と地球のすべての生命が払拭される可能性があります。他にも、理論上は、人工知能、バイオテクノロジー、ナノテクノロジーなどの進歩から生じるリスクなども同様に存在しています。


 地球の黙示的シナリオなどあり得ないと思っても、それを考えることを避けるべきではありません。高い知性を持った多くの人々が、この問題について議論しており、多くは人類全体や地球の生物圏を脅かす可能性のある危機的状況を回避しようとすることに命を賭けています。


 ケンブリッジ大学には、この問題を専門に研究するthe Centre for the Study of Existential Riskと呼ばれる研究センターがあります。 人工知能に関する最も多く引用された上位100人の著者であるムラーとボストラムによると、 AIが人間レベルの知性に到達した場合、人工知能が人類を滅ぼすカタストロフィーとなる確率は10%であり、2008年、オックスフォードで開催された世界的災害リスク会議の専門家グループは、2100年までに人類が絶滅する可能性が19 %になると推定しました。


 私たちの進化の継続をいかにして確保するか  先に述べたように、今後数十年、あるいは数世紀で人類や地球の全生物を脅かす可能性のある様々な実存的リスクが存在していることによって、多数の極めて高い知性を持った人々が、既に特定された潜在的なカタストロフィをいかにして避けるか、あるいは、我々がまだ気づいていない潜在的なカタストロフィを避けるためにどうするのが最も良いのかを、検討せざるを得なくなりました。


 もし、大災害が実際に起きた際、少なくともどうすれば私たちの進化が存続することを保証することが出来るかと問い始めた天才たちもいます。ある人たちの間では、我々はできるだけ早く複数の惑星に展開する種族となるべきだという解決策を支持する人が増えています。


 他の惑星への人類の進出を主張する人々の中で、イーロン・マスクはおそらく最も象徴的な人物でしょう。マスクは、ロケットの製造と宇宙における輸送サービスを担う会社であるSpaceXのCEOです。冒頭で触れたように、マスク氏とSpaceXは、2040年までに、火星上に最初の都市型植民地を作りたいと考えています。アーロンとの素晴らしいインタビューで、マスクは彼の計画について次のように述べています。


 「壊滅的なことが起きた場合に人類の存在を守るために、人類を複数の惑星に展開させるという避けて通れない議論が存在すると、私は考えています。その場合、お金がないとか、あるとかといったことは関係がありません。なぜなら、人類が絶滅するかどうかが掛かっているのですから。「良いニュースがあるんだ。貧困や疾病の問題は解決されたよ。でも、悪いニュースもあるんだ。実は、1人も人間が残っていないんだよ」ということになるかも知れないのです。


 「誰もが人類を愛しているわけではありません。あからさまに言うかどうかは別として、人間は地球にとって災いのもとだと考える人もいるようです。 彼らは、『自然はとても素晴らしい。周りに人がいない田舎では物事はいつもうまく行ってる』と語っています。


 彼らは人類と文明よりも人類そのものがいなくなる方がましだと言いたいのです。しかし、私はそんな考え方には賛成できません。私は、人類に芽生えた「意識」を存続させ、それを未来へと確実につながるものにする義務があると思っています。


 マスクだけが、このように考えているのではありません。ソフトウェア・エンジニア兼発明家であり、グローバル・レジリアンス(※global resilienceという言葉は日本では一般に余り馴染みがありませんが、ネット調べたところ、大規模な災害など、様々な地球レベルの危機から、いかに早く正常な状態に回復するかという危機管理に関する概念であるようです。)教祖的な存在であるビナイ・グプタは、同様な考えを持っているもう1人の著名な天才です。Vice(メディアの名前だと思われる)との 特別インタビューで、彼は次のように語りました。


 「人類が惑星や恒星を超える存在となることで、何兆年を超える年月に渡って、我々人類が未知の驚異を生み出す可能性があります。もし、私たちが、この壊れ易く、危険で満ちた小さな地球を飛び立ち、私たちの頭上にある宇宙へと進出し、観測可能な宇宙の隅々に広がることが出来れば、人類が今後どれくらい長く存続するかについては想像も出来ません。現在から生まれ得る可能な未来の全ては私たちの手に委ねられており、これを達成するためには、私たちは宇宙に進出せねばなりません。そして、最終的には、いかなる手段を使ってでも恒星へと進出しなければならないのです。」


 グプタとマスクは、惑星間文明を提唱している思想家や技術者の拡大しつつある運動の先頭に立っています。彼らは、地球上の私たちの存在の(ますます)不安定な状況を考えると、最初に問わねばならない問題は、いかにして人類の継続を確実にするのかであるという結論に達しました。


 複数の惑星、そして最終的には複数の恒星、あるいは銀河に展開する種族になることは、これらの人々にとって明白な解決策であり、切迫した危機感を持って追求すべき解決策であると言えます。


 様々な異論  前述の文の中でマスクが語ったように、この結論に反対する人々がたくさんいます。 地球を離れることに焦点を当てることは、現在人類が直面している様々な課題や問題から目をそらすことになると主張する人々もいます。彼らの多くはまた、複数の惑星に展開することを目指すことは、既にある課題や問題の解決に利用すべき貴重な資源を無駄にすることになると主張しています。

 地球を離れることは私たちの故郷である地球をあきらめることになると主張する人もいます。私たちは自らの家を「救う」ことはできないし、人為的なさまざまな危機を逆転/回避することができないと認めることになると言うのです。

 私たちの現在のグローバルな問題に取り組むために、より多くの技術を開発しなければならないという考えに原則的に同意しないラッダイト(※Luddites:産業革命期のイギリスのおける機械破壊運動の組織。転じて「テクノリジー嫌い」を指して呼ぶ名称)もいます。というのは、それらの問題の多くが当初の技術の結果として生じたものだからです。


 火星に植民地を作ることは技術的に実現不可能であり、マスクのような人々は火星にたくさんの人間を輸送し、ある種の持続可能な植民地を確立するということが途方もなく困難なチャレンジであるかということが分かっていないのだと主張する人々もいます。

 中には、自主的な人類絶滅運動に共鳴し、人類を地球を破壊し、より広い宇宙を「感染」するために外へと広がることを望んでいるある種のウイルスとして見ている人もいるでしょう。従って、彼らは人類を地球に「隔離し」、おそらくは完全に根絶されることを望んでいるのです。


 これらの異論に対して  私の立場から言えば、これらの異論は、合理的で説得力のあるものから完全に愚かなものまでさまざまです。


 複数の惑星に広がる種となることに反対する2つの最も説得力ある議論は、おそらく地球が抱える問題に関する議論から逸脱してしまうということと、技術的に実現不可能であるとの議論であると思うので、ここでそれぞれに対して私の考えを述べましょう。


 ます、複数の惑星に広がる種となることは、今ある地球上の問題から目を逸らし、その解決に必要な資源を無駄にしてしまうことにつながると主張する人々への返答ですが、私の考えは、もし、全人類や地球の生態系そのものが破壊されてしまったら、地球上の問題を議論しても始まらないというイーロン・マスクものと本質的に同じです。私たち人類が直面している問題は、私たち人類が地球に存在する限りにおいてのみ問題なのです。


 そして、地球上の全ての生命を脅かしかねない壊滅的な出来事が起きるリスクが存在することがほぼ確実である、不安定な歴史的瞬間に私たちは生きているのです。あるいは、少なくとも、人類が絶滅し、数百万年前の過去のある時点まで進化の過程を巻き戻すような壊滅的な出来事が起きることが想定できるにも拘わらず、私たち人類のような自意識と知性が再び生まれる保証は全くないのです。


 このような観点から見ると、もし、私たちが人類全体に影響を与えるような問題と戦おうと考えているなら、どうしたら、それと戦おうとしている人類の存続を確実なものにすることが出来るかを問わねばなりません。そして、人間が持つに至った「意識」が希で貴重なものであると我々が信じるならば、その「意識」が消え去らないことを確実にする方法を問わねばなりません。


 ここまで説明してきたら、火星を植民地化することが、地球上の私たちの問題の多くを解決するための鍵となる可能性があることに皆さんは気づくでしょう。


 これまで困難であった問題に対する強力で新しい技術的解決策が、火星やそれを植民地化する過程で開発される可能性があります。複数の惑星に広がっていくことが、人類の統一と平和をもたらし、地球上の人々が今、宇宙に進出しようとしている単一の種の一員として自らを見るようになる助けとなるかも知れません。


 私のいうことを誤解しないで下さい。世界の貧困、難民の危機、人身売買や奴隷、工業型農業、様々な環境危機などに取り組むことは非常に重要だと、私も考えています。しかし、これらの問題は、生態系の全ての生命が消え去ってしまったら、全く問題にすらならないのです。


 また、これらの問題と現在、地上に存在している人類を、何兆年にも渡る時間の文脈の中で見ることも重要です。なぜなら、そのことは、私たちの進化がこれからどれくらい続くのかという問題でもあるからです。


 数兆のあるいは数千兆もの潜在的な未来の有機的生命体の存在は、私たちが人類や全生物を脅かす可能性のある破局を避けることが出来るかどうかに掛かっているのです。


 少しそれについて考えてみましょう:数兆あるいは数千兆の未来の人類と人類を受け継ぐ優れた存在は、私たちが進化の継続を確実なものとしない限り、その姿を自ら見ることは決してないでしょう。


 私たちは、この宇宙で、何がこれらの存在となるか、それらがどんな計り知れない驚異を生み出すことになるかを見通すことは出来ません。もし、未来の人類に意味があるかどうかを評価するとして、現在、地球上に存在する人類の価値を評価することができる

0.00000000001%も評価することは出来ないとしたら、私たちの最優先事項は、その存在を確実なものとし、生物学的進化を確実に継続することであることを認めなければなりません。


 火星に植民地化することが技術的に実現不可能であると主張する人々には、私は次のように問いたい。あなたがたは、本当にそんなことは出来ないと思っているのですか。あなたは数千兆もの将来の生命体の命を喜んで危険にさらそうと言うのですか。


 私たちはすでに宇宙旅行の分野で大きな進歩を遂げてきており、私たちの技術的・科学的理解は常に向上し続けています。確かに、私たちがまだそこにいないにしても、火星を植民することができる時点に近づいているに違いありません。


 私たちがすでに確認してきた無数の実存的リスクと、未だ特定していない可能性がある他の多くのリスクのこと考えれば、複数の惑星に展開する種となることは、極めて緊急の問題です。


 もし、私たちが何らかの理由で私たちの進化を守りたいと思っているなら、私たちはこの問題に真剣に取り組まねばなりません。そして、たとえ火星を植民地化することが、今は技術的に実現可能でありそうもない(私はそう思いませんが)としても、本心から、この問題に割く時間と資源をゼロにしなければならないと言えるのでしょうか。たとえ、成功のチャンスがわずかしかなかったとしても、複数の惑星に広がる種となるために、私たち皆が持つ時間と資源の一部を捧げるという莫大な投資が必要となるでしょう。


 終わりに  このエッセイは、宇宙がますます複雑化することを「好む」という考えや、ますます多様かつ斬新な方法で自らを体験することを「好む」かもしれないという考えをじっくり考えることから始まりました。


 私は、上記の仮説を疑い、現在の科学的証拠は、宇宙にはある種の事態が発生するような人間的な好みがあることを示していないと述べました。


 にもかかわらず、この仮説が真実である可能性も考えて見て下さい。その場合、私たちが進化の継続を確実にすることには、実際、大きな重要性があるでしょう。宇宙全体がそれを望むでしょう。たわごとかも知れませんが。


 しかし、たとえ皆さんが、私のように、宇宙に時間の経過とともにどのように広がっていくのかについての生来の「嗜好」がないと考えたとしても、我々の種としての最優先事項は進化の継続を確実にするであると考えるべき多くの理由があるのです。


 おそらく皆さんは地球の素晴らしい生物多様性を大切にし、何としてでも守りたいと思っているでしょう。


 おそらく皆さんは、人間の知能が芸術、科学、哲学などに取り組む能力は素晴らしいものであり、その意識のきらめきを守る必要があると考えているでしょう。  おそらく皆さんは、宇宙は命があるがゆえに素晴らしいと考え、面白くなってきたばかりなのに、唯一存在することが知られている生物の活動が押しつぶされるのを見たいとは思わないでしょう。


 私の意見では、最も基本的かつ説得力のある理由の1つは、私たちが生命であるという事実なのです。私たちは生命です。この宇宙において、私たちを前進させる源は、私たちの種と生命の全てを永続させるべく行動することです。厳密に進化の意味を考えるなら、これが私たちが生まれた理由です。


 だとすれば、遠い遠い未来へと生命を存続させることが、宇宙の種の1つとして、また知的存在として、私たちの最優先事項であるべきだということがことが、言えるのではないでしょうか。


 ひょっとすると、あなたは、そうは思わないかも知れません。多分、あたなは未来の人類になど全く価値はないと考えている人の一人なのかも知れません。あるいは、永遠ともいえるほどの間、存続し続けるチャンスを与えられれば、人類は地球を破壊したうえ、宇宙の他の部分にも破壊しに行くだけだ考えているかも知れません。


 正直言って、私自身が前述の異論のいくつかと同様、そういった立場のどちらかにかなり共感を感じていたのは、それほど昔のことではありません。しかし、過去数年に渡って、このエッセーで議論した事柄を検討する過程で、私は多くの惑星に展開する人類文明を全面的に支持する立場に落ち着きました。


 私は私が忠誠を誓う対象は生命であると判断しました。地球上の生命は、数十億年を賭けて、それ以前は想像もできない驚異的な形に進化してきました。生物圏は、宇宙を体験するための想像も付かないほど豊かな装置へと発展しました。生命は既にとても多様なものになりましたが、チャンスさえあれば、はるかに多様なものとなり得ます。それは、私たちが想像できるものよりも複雑で驚異的なものになり得るのです。


 将来の人類と人類の後を継ぐものの果敢なる挑戦 ― 数千兆の知的生命の存在 ― は、進化を破壊されないよう確実なものとする私たちの能力にかかっています。宇宙は人間、そして生命が存続するかどうかについて全く気にしていないことは事実かもしれません。しかし、そうでないとしても、これらの命が存在する機会を与えるよりも、人類にとってより壮大な目的を想像出来るでしょうか。私たちには創造することのできない、無限とも言い得るような形で生命が進化することを確かなものとするより壮大な目的を想像できるでしょうか。私にはできません。神のいない宇宙において、私にとって、これは今までに考えられた最も壮大な人類共通の目的なのです。

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